『  春を待つ頃 ― (2) ―  』

 

 

 

 

 

 

   カタン。   窓を少しだけ開けてみた。

 

夜風に 金色の髪が揺れる。

「 ・・・ ああ 風もそんなに冷たくないのね 」

フランソワーズは 思いっ切り深呼吸をした。

 

     ふう  −−−−− ・・・・ !

 

つうん、と冷えた夜気が咽喉を通ってくる。

まだまだ気持ちがいい、などと思える気温ではないのだが

彼女が生まれ育った地よりは ずっと温かい。

 

「 ここの空気 ・・ 冬の夜でも優しいのね。

 あ ・・・ お星さまがきれい〜〜〜

 ふふ 海の、波の音も聞こえるのよねえ ・・・ 」

夜目になれてくれば 周りの景色も見えてきた。

「 ああ あそこに大きな樹があったわね  元気そう。

 ジョーはちゃんとお庭の世話もしているのね 」

 

  ちかり ちかり。  星たちが瞬き返してくれる。

 

「 博士もジョーも  優しい ・・・ 優しすぎるわ。

 わたし ・・・ 逃げてきたのに・・・

 故郷で暮らしますって宣言ひてここから出ていったくせに ・・・ 」

 

    ぽとり。   涙が落ちた。

 

「 ホントは あの街が大好きなのに ・・・

 あの街で生まれ育って・・・ ずっとずっと暮らしたいのに 」

 それなのに ここに来てしまった・・・

 わたしはもう あの街に住むことはできないってわかったから 」

 

この岬の家で暮らすのは 楽しい。

< 家族 > と一緒だし、いろいろ隠す必要もない。

特異な身体であること を冗談ネタにもできるほどなのだ。

 

「 お家もキレイになってるわ ・・・ ジョー、優秀な

 ハウス・キーパー なんだわ。 

 日本の食べ物はどれもオイシイし ・・・

 明日はレッスンができるところ、探してみるわ。 」

 

     ふうう ・・・・

 

満足しているはずなのに ― 溜息が漏れてしまう。

 

「 ― でも  ここはパリじゃないのよ ・・・

 ああ わたしったら なんでこんなトコまで来ちゃったの?

 なんで あの大好きな石畳の街を 捨ててしまったの・・・ 」

 

  つつつ ・・・ また 涙が一筋 頬を伝う。

 

「 わたしの故郷  ―  なのに・・・ 」

 

 

 

 

解放され、追手に神経を研ぎ澄ます必要がなくなった時

彼女は 飛び立つ思いで故郷に戻った。

 

  街は  そのままだった。

 

相変らず無関心な顔で 来るものは拒まない。

そして同時に 去るものも追わないのであるが・・・

 

「 うふふ  この空気よ  この風よ 

 ああ これがわたしの生まれ育った街・・・

 これからも ずっと生きてゆく街 なのよ 」

 

フランソワ―ズは ただただ嬉しくて 上機嫌で

ごく普通のありふれたアパルトマンを借りた。

 

「 普通に生きるわ ごく当たり前のパリジェンヌの一人になって

 平凡に暮らすの。 ふふふ 素敵に殺風景なお部屋ね。

 明日、いろいろ買ってこようっと 」

 

簡素なベッドにもぐりこみつつ、彼女はわくわくしていた。

 

 

「 ふうん ・・・ まずはマルシェ、行ってみよ 

翌朝、熱いカフェ・オ・レで朝食を済ませると

フランソワーズは 早速家を出た。

「 あ  ちょっと冷えるかも ・・ スカーフ・・・ 」

お気に入りの大判のスカーフを肩からかけた。

 

「 え・・・っと まず生鮮食品〜〜っと 」

朝方でも 結構人々が行き交っている。

「 あら 混んでる? わあ お野菜いろいろある♪ 」

人々の後ろからこっちの店 あっちの店 と見て歩く。

「 ・・・ あ トマト 美味しそう! いくらかなあ 

 え ・・・ ゆうろ?  

一瞬 値札に首を傾げてしまった。

 

   ・・・いっけない。 FFr ( フランス・フラン ) は

   もう通用していないんだっけ・・・

 

「 ?? 

財布を開けてからぼんやりしている彼女に 周囲の客は迷惑そうな

 そして 不躾な視線を投げかける。

「 ・・・ あ ご ごめんなさい 

咄嗟に口から出てしまった 日本語 に 周りはますますドン引きだ。

「 −−−− 

店の売り子も もじもじしている彼女をすっとばし

どんどん他の客をさばいてゆく。

 

    あ ・・・ みんな 急いでるの?

 

マルシェの雰囲気は なんだかせかせかしたものになっていた。

 

「 ・・・ トウキョウ、そうね シンジュク みたいよ?? 

そういえば ここを歩きつつ、何回もヒトとぶつかったり

追い抜かれたりしていた。

 

    ・・・ わたし   遅い ・・・・?

 

なにも買わずに マーケットを出た。

行き交う人々が皆 こちらを見ている ― と感じた。

視線が 痛い。

 

    この服 ・・ ヘン ??

    二ホンで買った服なんだけど・・・

 

    ! そういえば あの店の店員も

    じ〜〜〜っとわたしのこと、見てたわ

 

    ・・・ 好きなの、選んだんだけど

    やっぱり ヘン なの・・?

 

     !  機械が入った身体 だから・・・?

    わかってしまう・・・の?

 

 

自然に俯き 大通りを避けてしまう。

この地域はほぼ土地勘があるのだけれど

意識的に陰を拾って歩いていた。

 

「 気分、変えたいわ ・・

 旅行しようかな ・・・ ドーヴァー の方まで  」

自然に中央駅に足が向いていた。

 

 

   ガヤガヤ ザワザワ  カツカツカツ ・・・

 

耳の機能はもちろん 通常はオフにしてある。

しかし 常に周囲の音には注意を向けてしまう。

 

   でも ・・・ こんな大騒音の中って

   かえって 楽。

   雑音の壁 が 護ってくれる気がするの

 

フランソワーズは 駅前で買った小ぶりのバッグに

最小限の着替えも買い すっかり旅気分になっている。

 

「 え〜〜っと チケット売り場 は 」

 

久々に来た中央駅構内を探している間に 人波はどんどん増えてきている。

地方からの列車が到着したらしい。

騒めきの中から 一際大きな声が聞こえた。

 

   ああ フランソワーズ !!

  

   フランソワ―ズ !  ここだよっ

   お〜い  フランソワーズ 〜〜〜

 

   ああ ミシェル ミシェル〜〜!

 

「 !?  ・・・ ! 

 

知らない誰かが 知らない誰かを 呼ぶ声。

両方とも全然聞き覚えもない声だ。

姿はわからないけれど 声だけが響きわたる。

でも 行き交う人々は無関心だ。 こんな風景 日常茶飯事だから・・・

 

知らない誰か と 知らない誰かは 抱き合っている。

それも 誰の関心も引かない。 よくあるコトだから。

 

  それなのに ― 

 

   知らない 知らない そんなヒト、しりません

   フランソワーズ? 知りません。

 

   ― 彼女は  行方不明になり   死にました。

 

フランソワーズは思わず身を固くし、俯き

 さささ・・・っと その場から逃げ去った。

 

「 ・・・・ !  なんで 逃げる必要があるのよ 

嫌な冷たい汗を拭い 息苦しい胸を押さえ 物陰で立ち止まった。

「 アンタのことじゃないのよ? 

 ・・・ アンタのことなんか もう ・・・だれも覚えてないわ 」  

 

   逃げたい ・・・ !

   ああ ここから消えてなくなってしまいたい

 

俯いた顔から涙がぼとぼとと足元に落ちる。

コートの襟を高く立てていたので 誰も彼女の涙に気づくひとはいない。

 

   わたしって ― なんて弱虫なの ・・・ !

   なにを怖がっているのよ?    

 

   もう こんなわたし いや! 

   そうよ! ええ、フランソワーズは死んだの!

 

      フランソワーズ は 死んだ の。

 

そう思った時 ―

 

「 !  街が変わったんじゃない。 変わったのは

 変わってしまったのは   ―  わたし ・・・

 わたし なんだ ・・・ 」

 

先ほどの涙は もうすっかり乾いていた。

身体の中心を すうすうと風が通り抜けてゆく。

からだ中のほんのすこしの温かさが 干上がってしまった ・・・・

 

「 こんなじゃ ・・・ 踊れない。

 なんのために 故郷に帰ってきたの?

 ああ  ああ わたし・・・  

 こんなじゃ この街には住めないわ。 

 

 わたし どうしたらいいの 」

 

なにかから逃げるみたいに 駅を出て裏通りのカフェに入った。

知らない区域の知らない店だが 少しはほっとする想いがした。

湯気のあがる オ・レ、カップを両手で抱いた時、 

また 涙が滲んできた。

 

「 ふ ・・・ ふふ・・・ まだ 水分が残ってたのかしら・・・

 機械の身体でも 干上がる って感じがあるのね 」

自嘲気味に呟き熱い液体を少し、口に含んだ。

 

    あ。 ・・・そう か

 

    ― いっそ 全然知らない土地に行った方がいい。

 

不思議とするすると結論が出てきた。

 

「 知らない土地 ・・・ そうよ わたしのことを全然知らないヒト達

 がいる所に行けばいいのよ。

 そして 別のニンゲンとしてひっそり生きてゆければ ・・・ 」

不意に 湧き出る泉のごとく、ある風景が浮かんだ。

 

 海辺の邸。 明るい光の下、波の音が始終きこえる家。

 吹く風は いつも優しい。

 そして 優しい茶色の瞳の青年が いる、家。

 

「 ! 帰ろう ・・・ ! あの家へ!

 ― わたし まだ行ける場所が あるんだわ 」

熱いカフェ・オ・レ入りのカップを 静かに取り上げた。

「 ― ありがとう。 アナタの香で 落ち着いたわ。

 わたし 行き先が決まったわ。 」

 

  ひゅるん −−−  パリの街角には まだまだ冬の風が吹く。

 

「 バイバイ パリ。  次に来る時には きっと笑顔で来るから。

 楽しみにしていて頂戴。 」

 

飲み乾したカップを置き フランソワーズは立ち上がる。

 

   コツコツコツ ―  彼女は 前進し始めた。

 

 

 ― そして 極東の島国にやってきた。

 

「 おかえり〜〜〜 フランソワーズ ! 」

ジョーは それこそ満面の笑みで迎えてくれた。

「 お帰り。 

博士の大きな温かい手は しっかりと彼女の手を包みこんでくれた。

 

    あ ・・・ ここも わたしのウチ なんだ・・・

 

緊張が一気に解け ― 身体の奥の奥までじんわり・・・

温かさが滲み込んでゆく。

 

「 あ 疲れた?  ゆっくり休んで。

 今晩はぼくが得意メニュウ、作るからさ 

ジョーが 相変わらず気を使ってくれる。

「 あら 平気よ? ねえ わたしだって 

「 あは ごめ〜〜ん 」

「 ねえ 買い物に行きたいの。 ほら この坂の下に

 商店街があるでしょう?  」

「 うん! それじゃ 自転車で行こうよ ちょっと待ってて〜〜 」

 

とりあえずスーツケースから マフラーと帽子、手袋を引っぱりだし、

ジョーの自転車の後ろに 座った。

 

    シャ  −−−−−−

 

銀色の自転車は 軽快に海岸通りを疾走してゆく。

目の前の背中にしっかりと掴まる。

 

    うきゃ ・・・  

    二人乗りって ゆっくりのんびりじゃないの?

 

    昔 そうやってデートもしたけど・・・

 

    このスピードって  なに〜〜〜

 

戦闘中とは全然違った緊張感に フランソワーズはわくわく・どきどき。

マフラーと帽子が飛ばなかったのは 奇跡だと思った。

 

「 ついたよ〜〜 まず どのお店にゆく? 」

「 ・・・ えっと ね 」

ジョーは 平然として?ごく普通の様子で 案内してくれた。

 

    わ あ ・・・ 日本のマーケット〜〜

    お野菜 に 果物 ! こんなにあるの???

 

のんびりした町で出合う、暗い色合いの髪と瞳を持った人々は

皆 穏やかで優しかった。

ジョーは すっかり地元に溶け込んでいて 地元の人々と

笑顔で談笑している。

そして < ぼくのカノジョ > だと紹介すると、

誰もが よかったね〜〜〜  と 喜んでくれるのだ。

 

「 あ あの ・・・ ごめん ・・・ 」

買い物を終え、商店街を出たとき、 ジョーが小声で言った。

「 え?? なにが。 」

「 なにが・・・って。 そのう〜〜 ぼくのカノジョ なんて

 言ってしまって ・・・ 迷惑だったろ 」

「 迷惑だなんて !  そんなこと 絶対にないわ 」

「 え そ そう? 」

「 わたし! ・・・ 嬉しかったの。 」

「 え ・・・ 」

「 ジョーも 博士も。  そして 町のヒト達も

 皆 ・・・ とっても 温かくて親切で・・ 」

「 ・・・・ 」

ジョーは 黙って、ただにっこりと笑った。

 

   ああ ・・・ この笑顔 ・・・ !

 

彼の押す自転車の脇を歩きつつ フランソワ―ズは零れそうになる

涙を 散らすのに苦心してしまった。 

 

あんなに決心して 前を向いて行こう と < 帰って > きたはずなのに。

ふ・・・っと弱気が出てしまった。

 

   だって ・・・ 皆 優しい 優しすぎる・・・

  

   だらしない、弱虫 ! って 言われる方が

   気が楽かも・・・

   だって その通り なんだもの。

 

   わたし 故郷から逃げてきたのよ!?

 

「 フラン〜〜 今晩のご飯 どうする? 」

「 あ あのね、さっき買ったお肉! あのカタマリを

 セロリやタマネギと一緒にオーブンで焼いてみたいの。 」

「 うわあ〜〜〜 美味しそうだね ! 」

「 ふふふ 任せて。 あのね、これ、わたしの母の得意料理だったの。」

「 へえ〜 フランスのお袋の味 かあ 」

「 あ 日本ではそう言うの? 」

「 ウン。 じゃあ ぼく、サラダとか担当するね 」

「 お願いします 」

楽しいおしゃべりをしつつ 二人でゆっくりと坂道を登っていった。

 

   ふふ ・・・ きっと傍からみたらカップルね

   ・・・ そう思われても いいけど

 

   あ  ジョーは イヤかもね ・・・

   ジョーだって 好きな女の子とかいるでしょうに

 

   ごめんなさい ジョー

 

自分の前を ゆっくり行く背中を眺めつつそっと呟いた。

 

 

 

翌日から 二人で家事を分担することにした。

 

「 え ぼくがやるよ 

「 わたし この家の一員よ? 分担しましょう。

 ジョーだっていろいろ・・やりたいこと、あるでしょう? 」

「 でも きみ ・・・ また バレエのレッスン 始めるだろ? 」

「 ええ。 だからジョーもやりたいこと やって?

 晩ご飯作りも 当番制にしましょうよ。 」

「 ・・・ いいのかな 」

「 いいの。 そうしましょ。 」

「 そっか  ぼく ちょっとできたらバイト したいんだ 」

「 あら お金がいるの? 」

「 あ〜〜 資金の面もあるけど 経験したいっていうか・・・ 」

「 ジョー。 そんな心配はいらないよ 」

リビングで新聞を広げていた博士が 声をかけてきた。

「 博士 ・・・ 」

「 すまんな、聞こえてしまったので ・・・

 ジョー。 フランソワーズも 必要なお金はどんどん言いなさい。

 遠慮はいらんよ。 資金とあといろいろ小遣いもいるだろう?

 これは きみたちへの出資だからね。 

博士は 二人に封筒を差し出した。

「 フランソワーズ。 早速銀行口座を作ろうな。 定期的に振り込まれる

 ようにするから  カードも必要じゃろう。 」

「 え・・・ 」

「 ジョー。 進学資金の心配はいらんよ。 」

「 あ〜〜〜 博士〜〜 ぼく、経験したいんです、そのう ・・・

 バイト ・・・ 」

「 ああ そうなのかい? 負担にはならんか? 」

「 博士〜〜 ぼくを誰だと 」

「 はは 体力面だけじゃなくて精神面も さ。

 忙しくなったら受験勉強に差しさわりがでるぞ   」

「 あのう ぼく ・・・ 大学に行きたいんです

 大学によっては聴講生とかあるって聞きました。  」

「 それはいい! 是非そうしたまえ。 

 しかし レポートとかそれなりに忙しいぞ。 」

「 普通にバイトして 勉強します。 

 皆 そんな風にしているでしょう?

 ぼく 学資を出して頂けるって それだけでもう・・・最高っす! 」

「 そうか ・・・ それならやってごらん。 」

「 はい! 」

「 ジョー。 それなら余計に家事はわたしがやります。

 っていっても 食事の準備くらいだけど 

「 だ〜〜めだよぉ〜〜  フランだってやりたいこと、やる! 」

「 ・・・ 」

「 一緒に住んでるんだもん、分担しよ! 」

「 そうじゃな。 ワシも庭掃除やら そうじゃ 地域の活動には

 積極的に参加しておくよ 」

「 博士〜〜 博士こそお忙しいのに 」

「 ふふふ〜〜 ワシを誰だと思ってるんだ?

 お前たちよりずっと余裕があるぞ。

 こういうのを 年の功 というのさ。 

 

  ― というわけで 夕食の準備は当番制とり そして

 

「 わたし、 皆の < お弁当 > 作ります。

 いえ 作らせてください。  ジョー おにぎり も作るわよ 」

「 え ・・・ マジ?? 」

「 はい。 マジです。 」

「 うひゃあ〜〜〜〜 ♪ フランが作ってくれる弁当なら

 なんでも大歓迎さあ〜〜

 あ フランのサンドイッチ、めちゃウマ だから〜〜

 ぼく、お握り とかに拘らないよ 」

「 ありがと。 では サンドイッチ 時々 お握り で どう? 」

「 最高♪ 」

「 ふふふ・・・ じゃ お互いにがんばりましょ♪ 」

「 うん! ― 握手! 」

「 え   ふふふ はい。 」

ぱっと差し出された大きな手を 白い手がきゅ・・っと握ってくれた。

 

    うっぴゃ〜〜〜〜♪  らっき〜〜〜〜

 

    ・・・ああ 温かい手 ね ・・・

 

岬の家での生活が ゆったりと始まった。

 

 

 

   ガヤガヤ ワイワイ カタカタ ゴトゴト

 

夕方の海岸通り商店街は 結構賑やかになる。

それぞれの店先に 人々が集まり、笑い声やら威勢のいい話声も響く。

 

「 えっと あとは・・・ 八百屋さん! 」

フランソワーズは 両手に荷物を下げて足早に道をゆく。

「 らっしゃ〜〜い  ああ 岬の金髪美人さん♪ 」

飛び込んだ八百屋の店頭で オヤジさんが歓迎してくれた。

「 こんにちは! あの〜〜 トマト、ください。 」

「 おう、いくついるかな 」

「 あ・・・できれば箱でほしいんですけど 」

「 箱で? ありがと〜 じゃあ 長持ちするよう固そうなのにするかい? 」

「 あ いえ  完熟 っていうんですか?

 真っ赤で柔らかいのがいいんですけど ・・・ 

「 え いいのかい? あんましもたないよ? 」

「 はい。 ブイヤベースにつかいます。 」

「 ・・・ ぶいや べ〜す・・・? 」

「 ええ お魚や貝をトマトやセロリで煮込むんです。 」 

ほら・・・と 彼女は買ったばかりの魚屋の包を見せた。

「 お 魚正んとこのじゃね〜か  へえ〜〜〜

 魚と貝を トマトでねえ・・・・   あ お国の料理かい? 」

「 ええ そうなんです。 こちらのトマトは本当に美味しいし。

 お魚も新鮮でしょ? きっとすご〜〜〜く美味しくできるわ 」

「 へ え・・・  」

「 岬の金髪さん オバサンにも作り方 教えてくれる? 」

いつのまにか 八百屋のおかみさんも出てきていた。

「 え 教えるなんて ・・・ わたし、母から習っただけなんです 」

「 へえ〜〜 お国のお袋の味かい そりゃいいね〜〜 」

「 うん うん。 ほら えびちり ってのがあるよね。

 魚をトマト味で煮込むってのも 美味しそうだ 」

「 ウチの息子、ケチャップ狂いだからやってみるわ。

 ねえ お嬢さん あとはセロリをいれるの? 」

「 あ なんでも ・・・ ニンニクや玉ねぎなんかもいれます 」

「 やってみるわ ありがとう〜  ぶいやべ〜す ね? 」

「 はい。 ・・・ 家庭料理ですけど 

「 あはは アタシ達が作るのは み〜〜んな家庭料理だもの。 」

 

   そうよね〜〜 そうね あはは うふふ・・・

 

八百屋の店頭で 柔らかい笑いが広がった。

「 若いヒトが来てくれて嬉しいよ 」

「 そうだねえ  よろしくね〜 」

「 はい! あ あのう ・・・ 教えてください。 」

「 なんだい 」

「 あの・・・ こんにゃく って。 どうやって食べるのですか?

 ジョー いえ 家族が食べたいって・・・ 」

 

  それはね  まかせて!  四方八方から声が飛んできた。

 

    ここは  ・・・ 皆 あったかいわ 

 

マフラーでぐるぐる巻きだけど ココロの底から

ぽ・・・っと 温かいものが湧いてきた。

 

   わたし。 生きてる。 生きてゆける わ !

 

 ふんふん ふ〜〜ん♪ るるるる ららららぁ 〜〜〜

 

両手にぱんぱんの買い物袋を下げ フランソワーズは

スキップしたい気分で 家路についた。

 

 

「 ただいま〜〜 あら ジョー もう帰ってる・・・ 」

玄関には ジョーのスニーカーが隅に並べてあった。

「 もどりましたあ〜 」

よいしょ・・っと荷物を持って リビングへのドアを開けた。

 

  フランソワーズ ! お帰り〜〜

 

声と一緒にジョーがキッチンから飛び出してきた。

「 ただいま・・・ ジョー、今日は早かったのね 」

「 ウン。 あの〜〜 」

「 ? 」

「 誕生日 だよね!  これ・・・ じゃ〜〜〜ん♪ 

「 え??  まあ ケーキ! 」

ジョーは 赤い顔をしつつ 大皿を差し出した。

大きめのホール・ケーキで 生クリームが丁寧に塗ってある。

そして真ん中には   イチゴの山 !

「 わあ・・・ すご〜〜い・・・ 」

「 えへ きみ、いちご 好きだよね? 

 これ・・・ 全部 ウチの温室のイチゴなんだ 」

「 そうなの?? すごい〜〜 美味しそう!

 え もしかしてジョーが作ったの? このケーキ・・・ 」

「 ウン  ネットで調べてさ 動画とかも見て なんとか 

 美味しい! ・・・ と思うよ ・・・ 」

「 美味しいに決まってるわよ。 食べましょうよ

 コーヒ―を淹れるわ。 」

「 これは〜〜 デザートです。 晩ご飯の後、博士も一緒に

 食べるのです。 」

「 はあい。 じゃあ とりあえずコーヒー 淹れるわ。

 あ 美味しそうなクッキー 買ってきたの 」

「 わお♪ あ キッチン、片すね〜〜 」

 

二人はぱたぱたと動き回り ― やがてまったりとオヤツの時間となった。

 

「 ・・・ ジョー わたし ね 」

「 ん? 

「 わたし ・・・ 故郷から逃げてきたの。

 生まれ育った街から 」

「 ・・・ どうして。 あ 聞いていい? 

「 うん。 わたし もう昔のわたしじゃないから・・

 普通のヒトとしては 生きてゆけない・・・ 

 ふふ・・・弱虫でしょう? 」

「 なんで。 」

「 え ・・・ なんで って・・・ 」

「 いいじゃん フラン。  ここで この家に住む オンナノコ に

 なりなよ ? 

 ニッポンの ふらんそわーず・あるぬーる さん にさ 

「 ・・・え 」

「 ぼくもさ 岬の家の島村ジョー になったんだもん。

 きみもさ〜 ここで 別のヒト で生きればいいよ

 ・・・ あ  この国 暮らしにくい? 」

「 ううん ううん !  すごく暮らしやすい〜〜  

「 なら いいじゃん。  バレエ・スタジオ も探そうよ? 

「 え  ええ ・・・ 」

「 ほら〜〜 そんな顔、しないで  

「 ・・・ わたし また踊れるかしら 」

「 大丈夫!  きみの笑顔があるもん。

「 ・・・ そう ・・・? 」

「 そ!  ねえ 皆でさ、この家で暮らそうよ            

「 ・・・ いいのかしら 」

「 いいに決まってるって!

 あ。 あのね。 町で人々が 皆がきみのこと、振り返るのは ね! 」

「  ・・・ 」

「 きみが あんまりキレイだから  なんだよ! 

「 え ・・・ ウソ 」

「 ウソじゃないってば。 」

「 でも わたし、そんなにキレイじゃないわ。 」

「 キレイだよ〜 笑ってくれたらもっときれいさ 」

「 ・・・・ 」

 

     ああ  このヒト  ・・・ 温かい。

     ・・・ 彼の側で 過ごしたい な ・・・

 

ほんわり笑みを浮かべたフランソワーズを ジョーもにこにこ・・・

眺めているのだった。

 

  ― まだ 春も浅い日の 二人。 物語は始まったばかり

 

 

*************************      Fin.     **************************

Last updated : 01,21,2020.                    back      /     index

 

**********   ひと言  *********

どこであっても 自分自身の居場所 を 見つけるために

ヒトは 生きてゆくのかもしれません ・・・・

フランちゃ〜〜ん ちょこっとしか書けなかったけど

お誕生日 おめでとう〜〜〜 (#^.^#)  1月24日 ☆